野良人inモンハン
 ~野良人・寅の旅(モンハン編)~ 
 
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第3の故郷・大理
2004年03月20日 (土) 23:59 | 編集
map40320.png
オレには中国に故郷と呼べる場所が2つある。
その1つが古巣「昆明」。
2度にわたる留学。
中国で最も長い時間を過ごした場所である。
そしてもう1つが今日紹介する「大理」である。
2001年の第1回昆明留学中には10数回も大理旅行をした。
2004年の第2回昆明留学中には3回。
そのうち1回は1ヶ月近く大理に沈没したのだ。
友人に「もう大理に住んじゃえよ!」と、言われるのも当然である。

今日は第2回昆明留学中の大理を少し紹介。

時2004年3月20日。
留学開始から1ヶ月が過ぎた頃、韓国人の女の子が「大理行こう!」というので、「ホナ行こかぁ。」というワケで出発。
同じく日本人留学生の男の子も一緒に行く事になる。

残念ながら、日記をつけていなかったこの旅はかなり忘れている。
だから、写真を見ながらちょこっと解説しよう。

夜行電車で「下関」へ向かい、そこから「大理古城」までバスに乗る。
驚いたのはバスの走る道。
2001年当時はすごくボロボロだったこの道が、今ではキレイに舗装された通りやすい道へと変身していた。
こんなトコにも経済発展の成果が出ているのだ。

宿は「No.4」と呼ばれる宿の三人部屋。
PDR_1489.jpg
これはその中庭の景色。
かなり情緒ありキレイな宿だ。

PDR_1620.jpg
これはこの旅の写真ではないが、オレが愛用していた「No.3」の宿。
写真右の韓国人の老板はオレを覚えててくれて、一緒に記念写真。
この時は足を怪我してたけど、次行った時はもう治ってた。

PDR_1496.jpg
それから船に乗ってWASAマーケットへ。
これは定期的に開かれる白族のマーケットだ。
白族の人が大勢商売をしている。
PDR_1515.jpg
PDR_1525.jpg
日曜品、食料、おもちゃやCDから、鼠を殺す毒までなんでもござれだ。
初めてなら、アイスとか食べながらひやかすだけでも楽しめるだろう。

その後、大理のシンボル「三塔」へ。
入場料が高いので、入場はせず、近くの「三塔倒影公園」へ。
PDR_1575.jpg
実はこっからの方が見栄えが良い。

洋人街。
PDR_1586.jpg
その名のとおり、外国人がとても多い通りであった。
大理古城の主役である。
大理で沈没(長期滞在)する外人は、たいがいここのカフェでまーったりと過ごしているうちに腰が上がらなくなっていくのだ。
確かに中国や東南アジアなどを旅してて、偶然でも必然でもこんなトコにたどり着いてしまった日にゃあ去るのが辛くなるだろう。
それはそれはま~~~ったりと時間が過ぎていくのだ。

PDR_1636.jpg
この写真は喜州に行った時に市場で見かけたおチビくんだ。
尻がパックリ割れたズボンをはいている。
そしてよく見ると生尻が出ているのだ。
これはたまに中国で見かける尻割れズボンである。
これだと、ウンコするのが早いのだ。
…早いのだろうが…。
どうだろう。
生尻を常に見せている必要が本当にあるのか?
尻割れズボンを履きこなすチビッコは、最近ではかなり減ってきているようだ。
都会では見かけた事がない。
これこそ、世界文化遺産に登録してはどうかと思うのだが…。
ちなみにベトナムの子が言うにはベトナムにもこんなズボンがあるらしい。

喜州で食べた「砂鍋米線」。
PDR_1647.jpg
ウメー。
大理に限らず、雲南省ではかなりの地域でこの「米線」というものが食べられている。
米から作られた麺だ。
簡単にプツン、プツン切れる。
中国の都会では「雲南過橋米線」を歌い文句にした店をよく見かける。
しかし、これらの店の米線はマズイ。
やはり雲南省で食べてみてほしいものである。

喜州はペー(白)族の建築が残っている。
PDR_1662.jpg
いくつか代表的なきれいな建物が民族舞踊などを披露しているが、これはその小姐たちの食事風景を納めたものだ。
この写真には3つポイントがある。

(1)ウンコ座り
中国では、ウンコ座りが標準だ。
何の標準かはわからないが、よくウンコ座りしている人を見かける。
これは、中国の人が中国の地面の汚さをよく知っているからであろう。
中国では道端にタンを吐く人、手鼻をかむ人、食べカスを捨てる人…。
とにかく道が汚い。
これは道ばかりか階段などもそうである。
だから、道端に尻ついて座る…という人はマレなのである。
乞食を職業としている人以外は。
ちなみに一部の都会のトイレを除いて、中国のトイレはウンコ座りでするタイプだ。
この「ウンコ座り」をマスターしなければ中国では生活できない!
…というのもちょっとしか過言ではないだろう。

(2)弁当鍋
中国で標準的に使われている昼飯用の鍋だ。
中国では弁当を作って職場にもっていくという習慣が無い。
だから、どっかで快餐などを買い、この鍋に入れてもらって食べるのだ。
鍋がなくても使い捨てパックに入れてくれるのだが、場所によってはパックを使わなければ少し安くなる。
だから、これだ。
もしかすると、職場で飯が支給されてるのかもしれない。

(3)え?客の前で?
そう。
中国では客の前だろうと、何だろうと、堂々と飯を食う。
これは表演(ショー)の小姐だが、本屋などでも飯時に行くと、店員が本屋の通路にしゃがみ込んで飯を食っていたりするのだ。
都会では若干少なくなってきている気もするが…。
人間誰だって飯ぐらい食うさ!
何故隠れて食う必要があるのさ!
そういう、スルドいメッセージを我々に投げかけている小姐たちであった。

で、肝心の表演。
PDR_1698.jpg
まぁまぁ…たいした事ない。
電光掲示板には英語や日本語での解説文も。
劇を見ていると、白族の「三道茶」という三杯のお茶が振舞われたが、この程度の表演で高い金ふんだくっているのだ。
当然であろう。
PDR_1695.jpg
そして、この「三道茶」。
クソマズイのだ。
余計なサービスといえば、余計なサービスだが、旅行者ならば地雷と知りつつも、飲んでみたいモンである。
その名の由来は「一苦・ニ甜・三回味」という言葉に集約されている。
1杯目は苦く、人生の厳しさをあらわしている。
2杯目は甘く、人生の喜びをあらわす。
3杯目は甘苦いよな味。
人生の最後に苦しみと喜びを思い出すのだそうだ。

…。
そんな説教地味た茶はイラン!
普通にうまい茶の方が良い。


PDR_1705.jpg
…なんだかんだ言いながら、客参加のダンスには参加している俺。

PDR_1710.jpg
これは有名な大理のお土産「絞り染め」。
古城の中では、たくさん路上で売っているおばちゃんがいる。
1.2m四角ぐらいの布で14~15元が目安だ。
絶対値切れるから、旅行に行く人は値切ってみて欲しい。
たまに新しい模様とかも出るし、キレイだ。

このあたりで一緒に行った2人は先に帰る。
まじめな留学生たちは授業に間に合うように帰るのであった。
オレは?
もうちょっとだけブラブラしたいのだ。

大理で見かけた標識。
PDR_1718.jpg
いろんなモンが禁止されている。
トラック禁止。
馬車禁止。
トラクター禁止。
ここまではイイ。
一番上。
ラッパ禁止だ。
ラッパ…。
吹いてる人がいるらしい。

PDR_1723.jpg
知り合いの白族のババア。
彼女たちは親しみを込めてオレの事を「小気鬼(ドケチンボ!)」と呼ぶ。
それぐらい値切っていたのだ…。
これも1つの勲章であろう。

大理古城の片隅にひっそりと立つキリスト教の教会。
PDR_1730.jpg
中国と西洋…というか、大理と西洋が組み合わさった見事な建築である…のかどうかは知らないが、結構オレは気にいっている。

大理・太陽島カフェの小姐たち。
PDR_1735.jpg
2001年に働いていた小姐たちは一人も残っていない。
彼女たちは2004年の小姐だ。
「太陽島珈琲館」
知る人ぞ知る、「菊屋」と双璧を成す、大理の日本人たちの憩いのカフェだ。
2001年、オレが大理に通ったのも、この太陽島があったからである。
おバカな小姐たちと遊ぶのが楽しかったのだ。
そして、ここのカツ丼(…に外見が似た料理)が食べたかったのだ。
IMG_1475.jpg
当時の太陽島。

ちなみに、ここの小姐や老板娘と相談して、5分で食べきれればタダになるカツ丼チャレンジメニューを作ってもらった。
写真は当時の貴重な一枚である。
photo1876.jpg
何度も挑戦したが、成功確立は当時のビッグなオレでさえ50%ぐらいやったやろうか…。成功する度に飯の密度と具の温度が上がっていく。
オレと小姐たちのプライドをかけた戦いであったのだ。
っつーか、小姐は別に金を出すわけではないので、結構楽しんでいたようやったが…。

さらにもう1つウンチク。
太陽島にある「北斗の拳」文庫本・全巻はオレが日本から取り寄せて寄付したものである。
エッヘン!

だが、この時はまだ洋人街近くに店を構えていたが、2005年に再度大理へ行った時には、移転しており、えっらい遠い、外国人なんか行くわけねーっつーよーな辺鄙なトコロに移転してた。
PDR_3001.jpg
今頃どうなっているのやろうか…?

IMG_1413.jpg
ちょっと薄いが、太陽島よりずっとウマイカツ丼を作っていた太白楼。
太陽島の老板娘(女主人)にこれを言うと…。
「他の客には黙っとけ!」
…。
前向きに味を改善しようという考え方は全くないのである。

そして、これは2001年の頃は太陽島で働いていた小姐の一人。
PDR_1748.jpg
2005年には「Bird bar(鳥ba)」というトコロで仕事してた。
自分で店を持つ。
この子の夢はかなったのだろうか?

IMG_1348.jpg
最後は、白族の小姐たちとの記念写真。
彼女たちはオレの友達。
ではなく、写真を一緒に撮ると5元払わなければいけない方々だ。
うーん。
なんかお前らウソ臭い白族やね…。

そんなこんなで、楽しい大理。
皆さんも是非一度。
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