2005年04月28日 (木) 23:59 | 編集

2005年4月28日〜5月9日
中国の年3回ある大型連休の一つ「労働節」を避けるため、昆明に緊急避難。
あんな何もかもが高くなる時期に旅をしたくない。
昆明でのーーーんびりするのが一番。
さて。
4年前の第一回昆明留学の頃から街がだいぶ変わった話はいつかした気がするが、今回は建物取り壊しの話。
中国では取り壊し予定の建物には「折(chai)」というマークがつけられる。
そう。
現在、中国各地でチャイの嵐が吹き荒れているのだ。
急速な経済成長の影で古い建物が次々壊されていく…。
これも時代の流れ…。
中国の建物界ではチャイを恐れる建物が増えている事だろう。
建物A「おい。聞いたか?隣の2階建ての李さん家、ついにチャイマークつけられたってよ。」
建物B「えー、マジかよ。オレと築年数いっしょじゃんよ!オレもやべぇかな、そろそろ…。」
建物A「バカ、オレのが3年早く建ってんヨ。まだまだ人住ませれるでー。」
建物C「おう、お2人さん、何話てん……、あ…。Aさん…。……。まぁ…、Aさんも築45年やしな…。よく頑張ったよ…。」
建物A「…ん?C、何言ってんの?」
建物C「いや、悪りぃ悪りぃ。最後の別れとは知らず口はさんでよ。Aさん、Bさん、付き合い長いしな。んじゃ、またな。…あ、または無いかもな…。」
建物C「(去る)」
建物A「なんだ、変なヤツ…」
建物B「だよな、縁起でもねぇ。“次は無いかも”ってサ。まるでチャイされるみたいな……。…ハッ!!」
建物A「どした?B?」
建物B「どーしたって…お前…。…自分の北側の壁見てみろよ…。」
建物A「…?なんだよ、オマエまで…。……。ガーーーン!!!チ…チ…チャイマーク…」
建物B「…(合掌)ナンマンダブ…ナンマンダブ…。」
…てな会話が交わされているに違いない。
きっとそうだ。
今回は、そんなチャイされた現場をレポートしてみたい。
古巣昆明の古巣中の古巣、雲南大学留学生楼。
その南側の小さな路地を抜けると、文林街という通りが東西に走っている。
ちょっと西にゆくとデカイ「東風西路」という道にぶつかるが、このあたりもかなり変わった。
交差点には映画館ができ、美容室ができ、あまつさえ日本ラーメンを名乗るラーメン屋(くそマズイ)までできている。
この「文林街」というとおりもかなりチャイされてきている。

写真はまだ踏ん張っている小さい商店。

が、そのお隣さんはすでにチャイされた。
お次は花鳥市場というイロイロ怪しいモノを売っている近日公園あたり。
ここのデカイ中国銀行まわりには、まだまだ古い街並みが。

しかし中国銀行向い側のイスラム街だったあたりは…。


街の半分以上チャイされた。
きっとでかいショッピングセンターなどが建つのだろう。

この写真はそのあたりのチャイ実行中の建物。
たぶんチャイ業者がチャイ中に他の急ぎのチャイが入ったため、ほったらかしにされたのだろう。
さて、チャイ・レポートはちょっと休憩。

これは小西門という繁華街の交差点路上。
路上でご老人3人組みが怪しいバンドを結成。
路上ライブを行っている。
奥のジジイ・エレクトーン。
左のババア・鍵盤ハーモニカ。
右のババア・ボーカル兼集金係り
…。
…これで金を稼ぐつもりだろうが…。
…。
ハッキリ言って、小学生の方がウマイ。
…耳障りな周波数を発生している…。
もしかしたら、誰かが、10元くらいくれて、「頼むからヨソ行ってやってくれ…」
となるのかもしれない…。
そして、雲大寮があいたので、引っ越してきて、髪の毛を切る。
もちろん愛用のマイ・バリカン一本だ。
ヴィーーーン…。
10分後、完成。
これがニュー野良人・ニシノだ。


そんな日常の影で、チャイは続く。
あーーーっと!

チャイ現場に出くわしました!!!
文林街へ抜ける細い小道のブロックベイもろとも、ハデにチャイされております!
さぁ、この重機はいったい何軒チャイすれば止まるのか!?
えーーー!そんなトコまでチャイすんの!??
もう、ヤメテくれーーー!
これ以上、思い出の昆明をチャイするのはヤメてくれーーー!!!
…。

…しかし数日後、小道は元通りに。
ちょこっとだけ塀を建て直しただけらしい。
良かったね。
でも、この小道も昔はじゃり道やったけど、今は舗装されたよ。

あと、文林街に続くマンガレンタル屋とかあったしょぼい通りは、「昆明洋人街」建設中。
雲大側の半分ぐらい。
そっから半分の文林街側は、昔懐かしい「鍋子楼」などのメシ屋と共に、カフェ戦国時代に突入です。
そこに、昆明NO.1カフェ、いや、雲南No.1カフェ…、いやいや、中国No.1カフェの「サルバドーレ」もあります。
自家製アイスがウマイんよ。
ここの。

日常を取り戻した小道。
こっから文林街をつっきってまっすぐ行くと…。
そう。
昆明市民憩いの場・翠湖へ到着。




ここはやっぱり気持ちイイ。
昆明滞在中は毎日ここを走るのが日課だ。
そう。
オレの妹になった(?)ベトナム人留学生の茶玲もたまに一緒に走る…というか彼女は散歩してたが、朝一緒に翠湖に来てたりした。
朝来ると大勢が体操したり、バトミントンしたり、おばあちゃんが剣振りまわしたりしてる。
そんな楽しい翠湖。
昆明在住のG原さんと食事へ。
某超高級ホテル勤務のG原さんはお客さんを招待する店とかを開拓するとかで、バスに乗って遠くに行く。
ホラ。

こーーーんなにキレイな店。
昆明にも、こんなキレイな店がかなりいっぱいできているそうである。
そこで頼んだ料理。

…何やら、女しか飲んではいけないスープ、男しか飲んではいけないスープがあるらしい。
G原さんは女用、オレは男用。
うーん。
何やら精力がつきそうなスープらしい。
…いったい何が入ってんねん。
そして、女用をオレが飲んだらどーなんねん!?
帰り道。
路上で自作の人形を売るおっさん発見。

なかなかカワイイ。
カワイイのでオレはパンダを1つ購入。

なかなかカワイイ。
カワイイが、他の土産物と一緒に入れといたら、次回の最後の中国旅を終えて帰ってくると、目が取れてるわ、足はモゲてるわ…。
ゴミ箱直行となった悲運の人形である。
そして、私お気に入りの昼メシ。
快餐!

この赤さがたまらない。
ウメー。
…。
このウマさがわかるまでには、昆明料理の辛さに慣れるため半年ほど滞在する必要があるだろう。
そして。
そう。
また髪の毛を切りました。

ニュー野良人・ニシノ(改)
というか、全部切るなら、こないだ全部切れば良かったのである。
オレはたまに、こう、ムショウに髪の毛がジャマに思える時がある。
そうすると、こうなるワケだ。
そうそう。
昆明では超ミニバスが走りだした。
10人ぐらい乗せたら満員なバス。

カワイイ。
G原さんの家のまん前を通る。
一度一緒にG原さんと、このバスがどこまで行くか乗ってみよう!
という事になって乗ったら、G原さんお気に入りの場所を次々通っていたそうだ。
良かったね、G原さん!
そしてニュー火車駅へ。
駅から見た景色。

まっすぐ伸びる道が人民路だ。
えー?こんなに変わったの?とお嘆きの方もいるかもしれないが、人民路に入るとたいして変わっていない。
駅前だけドエライ変わった。
半分空港のような作りの昆明火車駅。

各地を旅したオレが保障する。
現在中国で一番キレイな火車駅。
規模は上海や北京には遠く及ばないモンの、こんな空港みたいな駅は他には無い。
人民路から昆明駅をパチリ。

懐かしい街やから。
きっと大勢の元留学生の皆さんは寂しい思いをしているでしょう。
でも。
私が中国に感じる一番大きな要素は。
「変化」する事。
良いにせよ、悪いにせよ、「変わろう」と、街も人もしている事。
変わらない事に慣れて安心してしまった日本には無い魅力。
もう5年、もう10年した時に、昆明がどんな顔になっているのか?
オレは見てみたい。
あぁ…、こんな風になっちゃったんだ…。
あの懐かしい米線(雲南独特の麺料理)の店無くなっちゃったんだ…。
思うかもしれない。
でも、それでも、変わって欲しい。
それでこそオレが好きな中国。
…て言いながら、もう結構つぶれたよ、懐かしい米線屋、焼肉屋。
でもさ、でもさ。
オレら中国にいる外人もさ。
古い街並みがイイとか、チャイしないでとか思うワリにさ。
結構自分らはイイとことか、豪華なホテルとか泊まってたりするモンな…。
ボロい街並みはイイけども…。
そういう外人で、自分もボロい家に住んでるという人に会った事が無い。
やっぱり、そこに住んでる人はせつないさ。
きっと、そこに住んでるチビっ子も、恥ずかしくて友達を遊びに連れてこれんかったりするんちゃうんかな…???
オレは小さい頃、市営住宅のちっちゃい家で、大家族で、狭くて…。
結構、友達連れてきたくねーって思ったりしてたもん。
さぁ!
チャイだ!
壊せ、壊せ!
新しい昆明に生まれ変われ!
日本も昔はそうやって変わろうとして、変わってきて、今の日本になったのだ。
…でも、やっぱり、ちょびっと寂しいね…。
…そして。
駅から出た俺の手には。
握られておりました。
昆明→広州25時間の硬座の旅・片道キップが。
これが最後の旅にするのだ。
ラストアタックである。
今回の最大の目的地。
一度写真を見てから、行きたくて、行きたくてしょうがなかった場所。
広東省・開平である。
中国の年3回ある大型連休の一つ「労働節」を避けるため、昆明に緊急避難。
あんな何もかもが高くなる時期に旅をしたくない。
昆明でのーーーんびりするのが一番。
さて。
4年前の第一回昆明留学の頃から街がだいぶ変わった話はいつかした気がするが、今回は建物取り壊しの話。
中国では取り壊し予定の建物には「折(chai)」というマークがつけられる。
そう。
現在、中国各地でチャイの嵐が吹き荒れているのだ。
急速な経済成長の影で古い建物が次々壊されていく…。
これも時代の流れ…。
中国の建物界ではチャイを恐れる建物が増えている事だろう。
建物A「おい。聞いたか?隣の2階建ての李さん家、ついにチャイマークつけられたってよ。」
建物B「えー、マジかよ。オレと築年数いっしょじゃんよ!オレもやべぇかな、そろそろ…。」
建物A「バカ、オレのが3年早く建ってんヨ。まだまだ人住ませれるでー。」
建物C「おう、お2人さん、何話てん……、あ…。Aさん…。……。まぁ…、Aさんも築45年やしな…。よく頑張ったよ…。」
建物A「…ん?C、何言ってんの?」
建物C「いや、悪りぃ悪りぃ。最後の別れとは知らず口はさんでよ。Aさん、Bさん、付き合い長いしな。んじゃ、またな。…あ、または無いかもな…。」
建物C「(去る)」
建物A「なんだ、変なヤツ…」
建物B「だよな、縁起でもねぇ。“次は無いかも”ってサ。まるでチャイされるみたいな……。…ハッ!!」
建物A「どした?B?」
建物B「どーしたって…お前…。…自分の北側の壁見てみろよ…。」
建物A「…?なんだよ、オマエまで…。……。ガーーーン!!!チ…チ…チャイマーク…」
建物B「…(合掌)ナンマンダブ…ナンマンダブ…。」
…てな会話が交わされているに違いない。
きっとそうだ。
今回は、そんなチャイされた現場をレポートしてみたい。
古巣昆明の古巣中の古巣、雲南大学留学生楼。
その南側の小さな路地を抜けると、文林街という通りが東西に走っている。
ちょっと西にゆくとデカイ「東風西路」という道にぶつかるが、このあたりもかなり変わった。
交差点には映画館ができ、美容室ができ、あまつさえ日本ラーメンを名乗るラーメン屋(くそマズイ)までできている。
この「文林街」というとおりもかなりチャイされてきている。

写真はまだ踏ん張っている小さい商店。

が、そのお隣さんはすでにチャイされた。
お次は花鳥市場というイロイロ怪しいモノを売っている近日公園あたり。
ここのデカイ中国銀行まわりには、まだまだ古い街並みが。

しかし中国銀行向い側のイスラム街だったあたりは…。


街の半分以上チャイされた。
きっとでかいショッピングセンターなどが建つのだろう。

この写真はそのあたりのチャイ実行中の建物。
たぶんチャイ業者がチャイ中に他の急ぎのチャイが入ったため、ほったらかしにされたのだろう。
さて、チャイ・レポートはちょっと休憩。

これは小西門という繁華街の交差点路上。
路上でご老人3人組みが怪しいバンドを結成。
路上ライブを行っている。
奥のジジイ・エレクトーン。
左のババア・鍵盤ハーモニカ。
右のババア・ボーカル兼集金係り
…。
…これで金を稼ぐつもりだろうが…。
…。
ハッキリ言って、小学生の方がウマイ。
…耳障りな周波数を発生している…。
もしかしたら、誰かが、10元くらいくれて、「頼むからヨソ行ってやってくれ…」
となるのかもしれない…。
そして、雲大寮があいたので、引っ越してきて、髪の毛を切る。
もちろん愛用のマイ・バリカン一本だ。
ヴィーーーン…。
10分後、完成。
これがニュー野良人・ニシノだ。


そんな日常の影で、チャイは続く。
あーーーっと!

チャイ現場に出くわしました!!!
文林街へ抜ける細い小道のブロックベイもろとも、ハデにチャイされております!
さぁ、この重機はいったい何軒チャイすれば止まるのか!?
えーーー!そんなトコまでチャイすんの!??
もう、ヤメテくれーーー!
これ以上、思い出の昆明をチャイするのはヤメてくれーーー!!!
…。

…しかし数日後、小道は元通りに。
ちょこっとだけ塀を建て直しただけらしい。
良かったね。
でも、この小道も昔はじゃり道やったけど、今は舗装されたよ。

あと、文林街に続くマンガレンタル屋とかあったしょぼい通りは、「昆明洋人街」建設中。
雲大側の半分ぐらい。
そっから半分の文林街側は、昔懐かしい「鍋子楼」などのメシ屋と共に、カフェ戦国時代に突入です。
そこに、昆明NO.1カフェ、いや、雲南No.1カフェ…、いやいや、中国No.1カフェの「サルバドーレ」もあります。
自家製アイスがウマイんよ。
ここの。

日常を取り戻した小道。
こっから文林街をつっきってまっすぐ行くと…。
そう。
昆明市民憩いの場・翠湖へ到着。




ここはやっぱり気持ちイイ。
昆明滞在中は毎日ここを走るのが日課だ。
そう。
オレの妹になった(?)ベトナム人留学生の茶玲もたまに一緒に走る…というか彼女は散歩してたが、朝一緒に翠湖に来てたりした。
朝来ると大勢が体操したり、バトミントンしたり、おばあちゃんが剣振りまわしたりしてる。
そんな楽しい翠湖。
昆明在住のG原さんと食事へ。
某超高級ホテル勤務のG原さんはお客さんを招待する店とかを開拓するとかで、バスに乗って遠くに行く。
ホラ。

こーーーんなにキレイな店。
昆明にも、こんなキレイな店がかなりいっぱいできているそうである。
そこで頼んだ料理。

…何やら、女しか飲んではいけないスープ、男しか飲んではいけないスープがあるらしい。
G原さんは女用、オレは男用。
うーん。
何やら精力がつきそうなスープらしい。
…いったい何が入ってんねん。
そして、女用をオレが飲んだらどーなんねん!?
帰り道。
路上で自作の人形を売るおっさん発見。

なかなかカワイイ。
カワイイのでオレはパンダを1つ購入。

なかなかカワイイ。
カワイイが、他の土産物と一緒に入れといたら、次回の最後の中国旅を終えて帰ってくると、目が取れてるわ、足はモゲてるわ…。
ゴミ箱直行となった悲運の人形である。
そして、私お気に入りの昼メシ。
快餐!

この赤さがたまらない。
ウメー。
…。
このウマさがわかるまでには、昆明料理の辛さに慣れるため半年ほど滞在する必要があるだろう。
そして。
そう。
また髪の毛を切りました。

ニュー野良人・ニシノ(改)
というか、全部切るなら、こないだ全部切れば良かったのである。
オレはたまに、こう、ムショウに髪の毛がジャマに思える時がある。
そうすると、こうなるワケだ。
そうそう。
昆明では超ミニバスが走りだした。
10人ぐらい乗せたら満員なバス。

カワイイ。
G原さんの家のまん前を通る。
一度一緒にG原さんと、このバスがどこまで行くか乗ってみよう!
という事になって乗ったら、G原さんお気に入りの場所を次々通っていたそうだ。
良かったね、G原さん!
そしてニュー火車駅へ。
駅から見た景色。

まっすぐ伸びる道が人民路だ。
えー?こんなに変わったの?とお嘆きの方もいるかもしれないが、人民路に入るとたいして変わっていない。
駅前だけドエライ変わった。
半分空港のような作りの昆明火車駅。

各地を旅したオレが保障する。
現在中国で一番キレイな火車駅。
規模は上海や北京には遠く及ばないモンの、こんな空港みたいな駅は他には無い。
人民路から昆明駅をパチリ。

懐かしい街やから。
きっと大勢の元留学生の皆さんは寂しい思いをしているでしょう。
でも。
私が中国に感じる一番大きな要素は。
「変化」する事。
良いにせよ、悪いにせよ、「変わろう」と、街も人もしている事。
変わらない事に慣れて安心してしまった日本には無い魅力。
もう5年、もう10年した時に、昆明がどんな顔になっているのか?
オレは見てみたい。
あぁ…、こんな風になっちゃったんだ…。
あの懐かしい米線(雲南独特の麺料理)の店無くなっちゃったんだ…。
思うかもしれない。
でも、それでも、変わって欲しい。
それでこそオレが好きな中国。
…て言いながら、もう結構つぶれたよ、懐かしい米線屋、焼肉屋。
でもさ、でもさ。
オレら中国にいる外人もさ。
古い街並みがイイとか、チャイしないでとか思うワリにさ。
結構自分らはイイとことか、豪華なホテルとか泊まってたりするモンな…。
ボロい街並みはイイけども…。
そういう外人で、自分もボロい家に住んでるという人に会った事が無い。
やっぱり、そこに住んでる人はせつないさ。
きっと、そこに住んでるチビっ子も、恥ずかしくて友達を遊びに連れてこれんかったりするんちゃうんかな…???
オレは小さい頃、市営住宅のちっちゃい家で、大家族で、狭くて…。
結構、友達連れてきたくねーって思ったりしてたもん。
さぁ!
チャイだ!
壊せ、壊せ!
新しい昆明に生まれ変われ!
日本も昔はそうやって変わろうとして、変わってきて、今の日本になったのだ。
…でも、やっぱり、ちょびっと寂しいね…。
…そして。
駅から出た俺の手には。
握られておりました。
昆明→広州25時間の硬座の旅・片道キップが。
これが最後の旅にするのだ。
ラストアタックである。
今回の最大の目的地。
一度写真を見てから、行きたくて、行きたくてしょうがなかった場所。
広東省・開平である。



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